働き方ノート Vol.8 山本修司先生

2022.05.26

個人としての「やりがい」よりは医療に携わる責任の重さを常に認識する重責に耐える忍耐力のほうが重要なのかもしれません。

 

仕事編

 学生当時のゼミの先生(梅田徳男先生:北里大学名誉教授)が大阪大学の産業科学研究所の研究としてHEMT構造GaAs MESFETを用いた高速光検出器のピコ秒単位の応答速度計測の新しい画期的計測手法を開発していた時期で、私に与えられたテーマは、「光コヒーレントHeNeレーザー光による光CT(Computer Tomography)の開発に関する基礎実験と研究」でした。当時、この研究テーマは大学院に進まないと続けるのは難しい内容でしたので、当時の放射線技術学科の期間の年限では短すぎることもあり、まずは診療放射線技師ではなく研究者の道を模索していたことを思い出します。

 しかし、その後、偶然ゼミの共同研究の端末室にApollo Workstation(当時は Sun Microsystemsより早くグラフィックスワークステーションとして名を馳せていました)を設置し、医用画像処理の取り扱い説明をされたプログラマーでエンジニア(田中雅人先生:株式会社日本医学教育技術研究所、福井大学医学部付属教育支援センター客員准教授、診療放射線技師資格所有者)と話す機会があり、元診療放射線技師で来年また技師に戻って医用画像解析ソフトやネットワークシステムを開発する診療放射線技師管理の「医用画像システム開発室」を作るということで福井医科大学病院(現福井大学病院)の施設見学をさせて頂くこととなりました。福井医科大学病院を見学したときに2つの素晴らしい点をすぐに見つけました。1つは話のとおり診療放射線技師が直接管理運用する「医用画像処理システム開発室」に多額の投資がされていることはズラリと並んだSun Workstationや巨大サーバーのラック内の眩い光点滅群と轟音の空調機を観てすぐわかりました。(これは放射線科医と診療放射線技師の信頼関係が強く、他科や情報系事務局との連携関係がよくないと予算は取れませんので、信頼と期待に常に応えてきた証拠でした。)

 もう1つは、技師室や技師の労働環境すべての「陽当たりの良さ」でした。放射線治療室や核医学棟は、地上1階で窓を明けて観る風景は抜群であり、撮影室は、ホール全体が広く見渡せる構造で、よく見かける廊下のような狭い通路の両脇に撮影室がある窮屈さを感じさせるような他の病院の構造と違っていました。これも技師が設計に拘り、改革的な構造にしたことにはすぐに気づきました。(学生時代に診療放射線技師は地下の鉛壁に囲まれた部屋で1日中働くことが多く「窓のない世界」でほとんど過ごすと、まだ就職もしていない学生に心無いことを言う先生もおりました。そのネガティブなイメージは、この見学で一掃されました。)

 見学が終わり、技師長室へ御礼の挨拶に戻ったときに、技師長(当時:小室弘冉技師長)から「官舎の入居手続きは既に申請しておきましたので、着任時にはもう入居できるようにしています。」との言葉を頂き、引率していただいた梅田先生も「なかなかない常勤待遇なので自分で考えて決めなさい」とのことで、まずは、世界と競争しても負けない医用画像システム開発ができる診療放射線技師をめざすというきっかけが、この見学で決まりました。

 現在、第三次人工知能(AI)ブームと呼ばれていますが、診療放射線技師の仕事をスタートした時は、第二次人工知能であり、ニューラルネットを使ったエキスパートシステム、遺伝的アルゴリズムなどを挙って医用画像処理に適応させ実用レベルを模索する時代でした。

 ちなみに今までの業務の一部として新しい画像再構成アルゴリズムの開発はインドの会社と続けており、梅田先生とも今までも公私含めてご指導を頂き、お世話になっております。

Q.株式会社リジットおよびTexelCraft OÜを立ち上げようと思ったきっかけは何ですか?

きっかけは、12年以上の実臨床での業務経験、研究者としての長年のバイオ(細胞工学)と工学系(流体解析)のポスドク研究、がん研究における医師のシニアレジデント経験より上位レベルのリサーチレジデントの終了、バイオイメージングベンチャーでのCTOの経験(最高技術責任者)の経験を積みましたので、あとはそれらの経験を活かした診断、治療、予後予測から臨床意思決定システムを経て患者にとって最適な価値をアウトプットする1つのラインをつなげることができる独自の唯一無二な会社を設立することでした。

 それが2010年設立した株式会社リジットです。

 リジットは日本に設立した会社であり、日本はデジタル後進国と言われるほど世界の中では、現在デジタル社会化が遅れており、特に医療分野は著しく他国の発展に比べて患者や外に開かれたデジタルネットワークインフラの構築が遅れています。人工知能の応用やコンピュータテクノロジーやクラウドの活用などはアジアや欧米に比べて極端に停滞している状況です。

 これでは、世界の中で対等に仕事するのに日本に会社をつくるだけでは今後は衰退する可能性もあるため世界一の電子国家と言われるエストニア共和国に2019年3月にTexelCraft OÜを設立し、現地で会社を作りLHV銀行をメインバンクとする日本人としては初めての医用画像処理、解析系のIT企業を立ち上げました(図1)。エストニアは、電子カルテの情報や患者個人がマイナンバーIDで管理する仕組みになっており、医療機関は、患者の許可を得てThe Central Health Information Systemにアクセスすることができます。国や政府は、X-Roadと呼ばれる情報システム間の集中管理された分散データ交換レイヤーを使って公共・行政サービスを含む3,000以上のあらゆるオンラインサービスを国民に提供しています。

この中のサービスにヘルスケアシステムが含まれており、救急情報通信サービスが特に迅速で完成度が高いと言われています。これらのシステム活用に参加して、グローバルな医療ITネットワークシステムの普及にオリジナルなアイデアを付加して日本でも実証実験していきたいと考えています。

Q.診療放射線技師、各種事業を展開するやりがいは?

現在、私は診療放射線技師ではありません(診療放射線技師のライセンスは有しています)。


 病院や診療放射線技師の資格を必須とする職場において診療放射線技師法に基づいてその国家資格を有し、診療放射線技師の仕事を生計の手段として行なうプロフェッショナルが診療放射線技師です。
 

 研究者は、研究の仕事を生計の主たる手段として行なうプロフェッショナルであり、会社を経営するものは、会社経営がプロフェッショナルです。

 診療放射線技師の仕事は「最先端の医療技術とその高度な理論と実技の学識を持ち、特に医用画像を主とした検査のプロフェッショナル」です。


 事業を展開するにあたり、診療放射線技師であったときの技術的経験は、活かせていると思います。


 ただし、診療放射線技師という職業に拘りすぎるのは、個人的には仕事で医療に携わる者として見識を広めるのに返ってノイズになる場合があると思います。


 私のように病院での実臨床の仕事から研究職、ビジネスまでいろんな分野で実業してきた人たちは多くいると思いますが、それぞれの人達がそれぞれの価値観で現在の活動をされていると思います。その中で診療放射線技師という部分だけピックアップ、クローズアップしても、現在の「価値に基づく医療」、「学際的統合医療」、「精密医療」の時代では、それは、その手段を実行するのに必要なライセンスではあるものの医療人、医療スタッフもしくは患者の立場からアプローチする医療の本質、目標や目的とは別のところにあり、あまり大きな意味をもたないような気もします(あくまで個人の見解です)。


 また、「臨床現場にいなければ、臨床のことはわからない」という臨床現場の医療スタッフの方々もおられますが、それも自身の経験から異なる考え方を持っています。


 病院を離れて臨床現場ではなく別の角度から各診療科の先生たちと出会い、その診療科それぞれの課題の解決をサポートしたり、臨床実践的な知識や経験は、実は、診療放射線技師として業務したときは、高い質と精度の検査を実施することに多くの時間を割いていましたが、現在では、その時間の1つの使い方として、例えば画像診断医師の読影をリアルタイムで共有モニターして遠隔で参加、ディスカッションしたり、多くの重要な臨床実践経験をさせて頂いています(もちろん、個人情報保護の上、臨床試験登録されたプロジェクトに有料で参加させて頂いています)。ゆえに、確実に、臨床現場で実検査に携わっていたときよりも診断・治療・予後予測の知識、応用、サポート能力は向上しています。これは、病院で診療放射線技師業務の制約の中では、なかなか時間が割けず達成できなかったことです。


 現在の仕事の中で最も手応えがあることは、患者の診断、治療、予後のタイムラインと臨床意思決定システムが1つの流れで見える業務ポジションを確保できたことです。これが見えると社会の中の医療全体の方向性(今、人工知能AIがなぜ必要なのか?など)や各疾患の問題点や課題全体も見えてきます。

 大事なことは、診療放射線技師の道をとことん極めるのも、診療放射線技師という部分だけに拘らないのもどちらでも、他人や周りの意見に左右されずに、人それぞれの価値で自分にフィットする生き方や働き方を選んでほしいと思います。

Q.学生さんや若い方々へ(仕事のやりがいついて)

 医療の仕事は特殊で、基本的に失敗ができません。ゆえに大いに失敗して大いに学べという経験則が当てはまらない分野でもあるので、それが病院の医療スタッフであれ、医療機器メーカの開発者であれ、製薬会社のスタッフであれ、個人としての「やりがい」よりは医療に携わる責任の重さを常に認識する重責に耐える忍耐力のほうが重要なのかもしれません。

 以下に河崎一夫先生の論説を引用するので是非、機会があれば全文を読んでほしいと思います。

 2002年4月の朝日新聞朝刊「私の視点」に、金沢大学医学部附属病院長であられた河崎一夫先生は「医学を選んだ君に問う」という論説を掲示しました。現代では、精密医療もしくは個別化医療による患者を中心として価値に基づく医学を医療スタッフによる集学的アプローチで診断、治療していくスタイルが国際スタンダードです。

 ゆえに、次の文章の医学や医師の文言は、自分の業種に合わせて解釈してほしい。

医学を選んだ君に問う

──────────────────── 前半略 ────────────────────

「医師の知識不足は許されない。知識不足のまま医師になると、罪のない患者を死なす。知らない病名の診断は不可能だ。知らない治療をできるはずがない。そして自責の念がないままに「あらゆる手を尽くしましたが、残念でした」と言って恥じない。

 こんな医師になりたくないなら、「よく学び、よく遊び」は許されない。

 医学生は「よく学び、よく学び」しかないと覚悟せねばならない。

 君自身や君の最愛の人が重病に陥った時に、勉強不足の医師にその命を任せられるか?医師には知らざるは許されない。

 医師になることは、身震いするほど怖いことだ。最後に君に願う。医師の歓(よろこ)びは二つある。その1は自分の医療によって健康を回復した患者の歓びがすなわち医師の歓びである。その2は世のため人のために役立つ医学的発見の歓びである。

 今後君が懸命に心技の修養に努め、仏のごとき慈悲心と神のごとき技を兼備する立派な医師に成長したとしよう。君の神業の恩恵を受けうる患者は何人に達するか?1人の診療に10分の時間を掛けるとしよう。

 1日10時間、1年300日、一生50年働くとすれば延べ90万人の患者を診られる。

 多いと思うかもしれない。だが日本の人口の1%未満、世界の人口の中では無視し得るほど少ない。インスリン発見前には糖尿病昏睡(こんすい)の患者を前にして医師たちは為(な)すすべがなかった。しかしバンチングとベストがインスリンを発見して以来、インスリンは彼らが診たことがない世界中の何億人もの糖尿病患者を救い、今後も救い続ける。

 その1の歓びは医師として当然の心構えである。これのみで満足せず、その2の歓びもぜひ体験したいという強い意志を培って欲しい。

 心の真の平安をもたらすのは、富でも名声でも地位でもなく、人のため世のために役立つ何事かを成し遂げたと思える時なのだ。」

────────────────────ここまで────────────────────

 私は、私なりの医療に関わった人生のストーリーの中で、上記文章の中では、実臨床から研究を経て、現在、医療に携わるものの歓びのうちの2つ目の歓びの獲得を目指しています。

■ これからの展望

 現在、Imaging CROをいう仕事を主たる軸に据えており、この12年ほどでドラッグラグおよびデバイスラグを解消するために特に抗がん剤においては、第三相試験をいくつか経験して市場投入までの成功の一役を担うことができたと自負しています。また指定難病における運動障害への薬剤効果、再生医療への再生定量評価なども、立ち上げた会社で携わってきました。

 国際共同の臨床試験においてはアジア、欧州、米国のデータを解析しながら、まもなく市場投入される日が来ることを期待しています。

 治療効果判定のデジタル自動化は、特にドイツのチームとの連携がなければ成功しませんでした。近年では、中国の清華大学と米国のスタンフォード大学の合同研究チームにジョインして精密医療に人工知能を適用する研究を始めています。

 今後の展望として、まずは複雑なマルチモーダルな推論システムによって患者が自身で価値のある医療選択ができるように医療側の臨床意思決定システムを高次のレベルまで押し上げたいと考えています。

 人工知能は、とくに現在、中国と米国のAI技術プロジェクトに積極的に参加しており、うまく日本人としても合流して社会に広めたいと思っています。

 日本の誇るIPS細胞技術などに代表される再生医療など、その安全性と有効性の評価にはさまざまな画像スコア法や国際的標準クライテリアがあり、このような日本の誇る技術にも積極的に社会に還元できるようなサポートをしていきたいと思います。

■ 謝辞

 本稿を投稿するにあたり、臨床現場での診療放射線技師の業務として7年間という最も長く勤務した大阪大学医学部附属病院の放射線科医師諸先生、放射線部同僚、諸兄、業務を支えてくれた後輩皆様に深謝します。優秀でエッジの効いた個性ある医学部保健学科の学生たちと実習を通じて出会えたことは私の宝です。ポスドク研究で細胞プロセスのノウハウをご教授いただきました元東京大学医科学研究所、高橋恒夫教授、レオロジーの医学応用についてご指導を賜った東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻、土井正男教授、医用高次流体解析のご指導を賜った東北大学大学院医工学研究科 医工学専攻グローバルCOEでご教授いただきました山口隆美教授、和田成生教授、第3次対がん10か年総合戦略事業のリサーチレジデントでご指導を賜りました元国立がん研究センター検診研究センター長森山紀之先生および国立がん研究センター病院、麻生智彦放射線技術部長および診療放射線技師諸兄に深謝いたします。

 さらに、リジット社を起業して間もないときに生命理工学のスパコンを活用したWetとDryの融合教育に特定准教授としてご招聘頂き4年間医工生命の教育の大切さをご教授ご指導頂きました東京工業大学情報理工学院バイオインフォマティクス / ゲノム情報処理の研究者、秋山 泰教授に深謝いたします。

 まだ、書ききれないほどの沢山の方々にお世話になりました。心より感謝申し上げます。