第26回 日本老年脳神経外科学会ランチョンセミナー 1:脳神経領域におけるMRI最前線

Satellite View~Canon Special Session:セミナー報告
2013.07.31

第26回 日本老年脳神経外科学会ランチョンセミナー 1

脳神経領域におけるMRI最前線

 
日時:2013 年3 月1 日(金)
場所:東京ステーションコンファレンス
共催:東芝メディカルシステムズ株式会社

座長
 
東邦大学医学部
医学科脳神経外科学講座
周郷延雄 先生

水頭症脳における脳脊髄液ダイナミクスの変化
~ MRI Time-SLIP 法による観察~

 

演者
 
東芝林間病院脳神経外科
山田晋也 先生

はじめに
 現在、脳脊髄液を専門とする世界の多くの研究者が、従来の脳脊髄液循環生理を否定しつつある。このような中でTime-SLIP 法は、脳脊髄液動態観察の新しい方法として、これまでみることのできなかった人における生理的、あるいは病的状態での脳脊髄液のhydrodynamics を直接観察することを可能にした。ここでは従来の脳脊髄液循環動態生理を振り返りながら、Time-SLIP 法で得られた水頭症における脳脊髄液dynamics の変化の様子を示す。
 

図1 Cine-PC MR 法の画像と
Time-SLIP 法の画像
Time-SLIP 法を用いた脳脊髄液dynamics の描出
 直近の正常圧水頭症学会におけるテーマは「脳脊髄液の産生と吸収の再考」で、いまさらながら脳脊髄液の産生部位と吸収部位が課題となっている。このように脳脊髄液生理は、これまで解明されていると思い込んでいたことが、実はわかっていなかったということが判明してきており、いわば人の生理において最大のブラックボックスといえる。ここ数年の特発性水頭症研究から始まった脳脊髄液研究の成果により、再び基本的な脳脊髄液生理を見直そうという機運が高まっている。男児の頭部をTime-SLIP法を用いてMRI 造影すると、患者はスキャナーのなかでじっとしておれずに頭を動かしていた状態で撮像された画像を観察すると、側脳室の中で脳脊髄液が撹拌される様子をみることができる。Time-SLIP 法によるこのような画像1 つから、従来の研究で観察していた脳脊髄液は、すべて静止した状態であったことに気がつく。ヒトが毎日活動している状態での実際の脳脊髄液の動きが、従来の静止状態、麻酔のかかった状態での脳脊髄液循環の観察からは、かなりかけ離れたものであることが容易に想像できる。
 Time-SLIP 法とは、MR のRF パルスを使用することで背景全体を低信号にし、その後、必要な部分のみ再反転をしてその部分だけをラベリングする。ラベリングされ高信号となった脳脊髄液の移動を撮像すると、ラベリングした脳脊髄液が、ラベリングされていないバックグラウンドの中に出ていくため、コントラストがつき、脳脊髄液の動き( 脳脊髄液dynamics) を観察することができる。すなわちTime-SLIP 法は、RF パルスを利用して脳脊髄液自体を自己トレーサーとしたトレーサースタディといえる。Time-SLIP 法には2 つの大きな利点がある。1 つは、メトリザマイドやRI など外因性のトレーサーを使用しないため、外部からの注入が必要なく、脳脊髄液の量や、圧力の変化を与えず生理的状態を完全に保てること。もう1 つは、トレーサーが実際は水や脳脊髄液をトレースできないという問題を回避できることである。すなわちTime-SLIP 法で動いてみえたものは、脳脊髄液そのものが動いたものと確定できるわけである。またPhase Contrastcine MR 法で脳脊髄液を観察する際は1 心拍内の脳脊髄液の拍動をみるので、約1 秒前後の観察であったのに対し、Time-SLIP 法では6 秒ほどの観察が必要になり(図1)、これまでみえなかった時間単位の脳脊髄液dynamics をみることも可能となった。さらに外因性トレーサーを使用する方法とは異なり、その場で何回でも繰り返し行うことは大きな利点である。RF パルスでラベリングされた効果は1.5T のMRI では8 秒ほどで消失するので、その後には、すぐに再度脳脊髄液をラベリングすることができることから再現性の有無がその場で確認できる。このことは、それぞれの個体における正確な脳脊髄液dynamics 観察に非常に大きなメリットとなる。

正常脳での脳脊髄液のhydrodynamic
 冠状断において、第三脳室にラベリングパルスを当てると、側脳室に脳脊髄液が逆流していく様子がみられる。また側脳室から第三脳室に脳脊髄液が流入する様子も同時に観察できる。このようにモンロー孔を介して第三脳室と側脳室の間で、正常の脳では脳脊髄液の交換がかなり活発に行われていることがわかる。また第三脳室と第四脳室の間でも、中脳水道を介して活発に脳脊髄液交換が行われている。第三脳室および第四脳室内では、側脳室体部とはかなり様相が異なり活発な乱流(turbulence or mixingmotion) がみられる。第三脳室は中脳水道、第四脳室はマジャンディ孔とルシュカ孔をボトルネックとして、脳脊髄液が両脳室にいったんホールドされ脳脊髄液はその内でミキシングされる。それに対し、静止した状態では、側脳室の中の脳脊髄液はほとんど動かない。
 1900 年代の始めにCushing は、血液やリンパの体循環と同様に脳脊髄液も循環するという“Third Circulation”という考え方を示した。はじめから脳脊髄液は循環するように印象付けられたといえる。当時としては至極自然な受け入れやすい仮説であったことは想像に難くない。ただ驚くべきことに、Cushing のもとで脳脊髄液循環動態の動物実験をしていたWeed は( 現在医学部教育で教える古典的脳脊髄液循環の概念はclassic theory と呼ばれ、またの呼び方をこの人の名前を取ってWeed theory とも呼ばれる)、生理的な脳脊髄液圧のもとで注入された色素は、大脳円蓋部クモ膜下腔の脳脊髄液の動きは非常に遅く(sluggish) くも膜顆粒にほとんど流入しないことを示し、生物が致死的なほどの圧力をかけて色素を脳脊髄液腔に注入することによって初めて、くも膜顆粒への色素の流入が認められる事を示している。我々は、かなり非生理的な実験をもとにして脳脊髄液生理学を語っていたことに気が付く。さらにその後、脳脊髄液に注入したトレーサーで脳脊髄液の流れを可視化した論文が発表され、その結果は脳脊髄液循環のコンセプトに非常に大きな影響を与えた。しかしその論文の報告者自身は、現在考えられているほどすべての脳脊髄液の循環を観察しているとは考えていなかったことが論文の文面から見て取れる。彼は「脳脊髄液はおそらく脳のどこからでも産生され、吸収もされるだろうが、少しは大脳円蓋部に流れる」と記載している。実は彼らの実験では、脳脊髄液のトレーサーとして使用したアイソトープは2 割ほどしか円蓋部に達していない。逆に言うと7~8 割は他の部位から吸収されていることが示唆されている。しかし、後年この大脳円蓋部にトレーサーが到達することだけが強調されいつの間にかほとんどの脳脊髄液は大脳円蓋部を流れクモ膜顆粒から吸収されるとされ、脳脊髄液の吸収路のmajor pathway と呼ばれるようになる。また、トレーサー注入後1~2 時間程度ではテントの高さ( 脳底槽) までしかトレーサーが到達しないと記載している。
 すなわち、トレーサーは脳底槽から自由にはシルビウス裂に流入しないことが正確に描出されている。Time-SLIP 法での観察から脳脊髄液は早い動きで to and fro を繰り返すことが確認された後で、この所見をもう一度振り返り考えると、脳底槽とシルビウス裂の間にその両者を隔てるバリア( 構造物) の存在が想像される。リリクエスト膜である。手術中すでにクモ膜下腔に進入しているにもかかわらず、この膜を切開して脳底槽に進入すると、新たに相当量の脳脊髄液が流出することは脳外科医の誰もが経験することである。同様にシルビウス裂と大脳円蓋部のクモ膜下腔も表在シルビウス静脈に癒着したクモ膜によって実質的には隔てられ、両者の脳脊髄液が自由に交通できないことも、手術中に観察されることに気がつく。
 水溶性造影剤であるメトリザマイドの動きを追跡すると、ある時間単位でシルビウス裂までは造影剤が進入しているが、円蓋部には到達しておらず、このことからも、シルビウス裂と円蓋部との間に脳脊髄液に対して非常に高い抵抗があることが示唆される。
 

図2 CSF reflux movement through
the foramen Monro
水頭症のhydrodynamics
 特発性正常圧水頭症患者(iNPH) では中脳水道( シルビウス孔)で脳脊髄液の流れが速くなる傾向にあると報告されているが、正常脳でみられた第三脳室と側脳室との間の脳脊髄液の交換は消失する。また続発性水頭症、たとえばくも膜下出血や外傷による水頭症では、橋前槽におけるくも膜下腔で脳脊髄液の動きに制限が認められることがほとんどであるが、iNPH ではこの部分での脳脊髄液の動きに以上はみられない。これは、くも膜下腔の不均衡な拡大というMRI 所見としての意味を持つDESH タイプのiNPH の特徴的な所見といえるかもしれない。すなわちiNPH では、クモ膜下腔の交通性に異常を認めないタイプの水頭症と考える。読影者間での読影の誤差に影響されないよう、脳脊髄液の動きを各観察部位でアルゴリズムを変えて半自動的にトレースするソフトウェアを使用することで、脳脊髄液の動きを客観的に測定できるようになってきている(図2)


特発性正常圧水頭症およびDESH の発生原因

 種々の動物やヒト脳脊髄液中にトレーサーを入れて観察した研究では、脳脊髄液はリンパに流れ込むと結論されているが、過去のそれらの研究は生理学的観察ではないこと、多くが人での観察ではないことが問題となり、人での脳脊髄液吸収路とは異なるという反論に今まで答えることができなかった。しかしTime-SLIP法を使用することによって、生理学的状態でかつ人間での脳脊髄液が観察できるようになり、大脳円蓋部クモ膜下腔には、人でも脳脊髄液の流れがみられないことが観察されたわけである。シルビウス裂では脳脊髄液の流れがみられるものの、大脳円蓋部にそのまま連続する脳脊髄液の動きはなく、人の脳脊髄液の吸収部位はクモ膜顆粒ではなくシルビウス裂よりも近位部のどこかに存在することが強く示唆される。
 正常の状態で、人でも脊髄神経や脳神経周囲への脳脊髄液がドレナージしリンパ系に流入する経路が存在する。ある年齢に至るまでこれらは多くのルートが存在するが、年齢を重ねるにつれこの経路が段々と詰まっていき、60 歳ほどになってリンパ系への経路のすべてが閉塞したときにiNPH が発生すると推察している。シャント術によって水頭症が改善されるわけであるから、脳脊髄液のドレナージルートとしてはシャントの直径分すなわち1~2mm ほどあれば良いわけである。iNPH は続発性水頭症と比べ比較的脳室拡大が軽度で致死的ではないこと、60 歳以降で発症すること、拡大したシルビウス裂に脳脊髄液が溜まってくること、などのiNPH の水頭症としての特徴は、人における脳脊髄液の大部分がクモ膜顆粒以外から吸収されることを念頭に置けば、この仮説でかなり説明がつくと思われる。そして最終的に鞍上槽、およびシルビウス裂が拡大し、大脳のconvexity が持ち上がりtight-high convexity になった結果がDESH の形状と考えられる。
 
クモ膜下出血後水頭症
 続発性水頭症に対し、クモ膜下出血後水頭症は画像上non-DESH type ともいうべき水頭症で、シルビウス裂の拡大、高位円蓋部のくも膜下腔狭小化を伴わない。もっとも特徴的なのは、橋前槽で脳脊髄液の動きが制限される点である。中脳水道は脳脊髄液の動きは早くなるが、それだけでなく正常で見られる層流と違う乱れた動きになる。この乱れた脳脊髄液の動きは言うまでもなく平均流速の計測には向かない。すなわち中脳水道を動く脳脊髄液の流れの速さを計測するだけで水頭症を診断するのは難しいことが画像から一目瞭然で理解される。クモ膜下出血後水頭症は出血によりクモ膜顆粒が閉塞され、脳脊髄液吸収が低下して水頭症になる交通性水頭症とされてきたが、実は橋前槽( 出血はもちろんこの部位に最も多く認められる) における脳室外閉塞性水頭症と言った方が病態を良く理解できる。クモ膜下出血後水頭症では、橋前槽での脳脊髄液の動きに制限があるためにシルビウス裂は広がらずtight high convexity にもならないと考える。最近ではiNPH のなかでもDESH type、non-DESH type という区別がされてきているが、脳脊髄液の動きをTime-SLIP でみることで、個々の症例での脳脊髄液dynamics の情報が得られ病態の理解に欠かせないと考えられる。
 
脳脊髄液は本当に循環しているのか?
 非水頭症例の中脳水道での脳脊髄液流動の速さを測定すると、年齢ごとの差はさほどみられない。被検者が静止した状態であれば、脳脊髄液が動くのは第三脳室、第四脳室の生命活動に必要な部分だけで、側脳室体部の中はほとんど動かない。被検者の頭が動いている状態はたとえばボトルやコップの中の水が振り動かされているような状態に似ている。むしろこれが脳脊髄液の実質的な動きではないかと考えている。
 それでは、脳脊髄液は本当に循環しているのだろうか。橋前槽、脊髄クモ膜下腔、中脳水道をトレースしても脳脊髄液が一定方向の流れる傾向はみられず、脳脊髄液はいつも正常では無色透明である事実から、turn over をしていることは間違いないだろうが、一定方向に流れていることを示す事実はない。 脳脊髄液の生理学そのものから考え直す時期に来ていると思われる。
 
 

(本記事は、RadFan2013年7月号からの転載です)