日立製作所、アルツハイマー型認知症に特有の指タッピング運動パターンの抽出に成功

2016.05.19

認知症の早期発見に向けた簡易な検査方法の確立に道を開く

 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(以下、長寿医療研究センター)は、両手指のリズム運動に着目した臨床研究を行い、両手の親指と人差し指のタッピング運動(図1)から、アルツハイマー型認知症*1特有の運動パターンの抽出に成功した。本成果は、(株)日立製作所(以下、日立)が開発した指タッピング運動波形の解析技術により、磁気センサを用いた運動機能の計測結果から、親指と人差し指の接触時間のばらつきなど、タッピング運動の多様な動作パターンを抽出することで得られたものである。将来、アルツハイマー型認知症の早期発見を支援する検査法の確立に道を開く成果である。

 高齢化社会の進行により、アルツハイマー型認知症の患者は年々増加している。早期発見ができれば、投薬で病気の進行を遅らせることができるが、物忘れなどの加齢に伴う症状と、病気との区別がつきにくいこともあり、重症化して初めて病院を受診するケースが多いのが現状である。

 現在、アルツハイマー型認知症の早期発見に向けたスクリーニング検査*2として、血液検査、嗅覚テストや、医師の問診をタブレット端末上で再現した検査などがあるが、採血時の痛みや検査時間の長さなど、被験者の負担が大きいという問題があった。一方、被験者の負担が少ない検査として、ボタン押しやタブレット端末を用いた片手の手指運動計測による認知機能評価も行われてきたが、検査精度が十分ではなかった。今後、精度が高く、被験者の負担が少ない簡易なスクリーニング検査を行うことができれば、アルツハイマー型認知症の早期発見につながり、患者のクオリティオブライフの改善、医療費や介護費の削減にも貢献できると考えられる。

 長寿医療研究センターと日立は、認知症の重症患者は音に対する左右の脳の連携が遅くなるという知見に着想を得て、アルツハイマー型認知症の早期発見に向けた両手の親指と、人差し指の運動計測の有効性を検証するため、2013年より臨床研究を開始した。具体的には長寿医療研究センターが2010年に日立が開発した磁気センサ型指タッピング装置UB1*3(非医療機器、図2)で計測を行い、計測結果を日立が開発した解析技術で解析したところ、両手の親指と人差し指のタッピング運動からアルツハイマー型認知症特有の運動パターンを抽出することに成功し、高精度に指タッピング運動の性質を評価できることを確認した。今回の評価結果および評価に用いた解析技術は次の通りである。

1.両手の指タッピング運動と認知症重症度の高い相関性を確認

 長寿医療研究センターは、アルツハイマー型認知症およびその予備群の外来患者23名と高齢健常者22名を対象に手指の運動計測を行い、一般的な問診による認知症検査(ミニメンタルステート検査: MMSE*4)のスコアと高い相関があることを確認した。片手の指タッピング運動と認知症の関連は見られなかったが、両手交互指タッピング運動(図1)で健常群と認知症群の間に有意差があった(図3)。また、MMSEのスコアと相関が高い特徴量は、両手同時の指タッピング運動における両手の位相差*5のばらつき(相関係数*6r=-0.78)や、両手交互の指タッピング運動における二指の接触時間のばらつき(r=-0.71、図4)であることを明らかにした。これらは、指タッピング運動計測によって、アルツハイマー型認知症における脳梁*7や大脳基底核*8の委縮に起因する両手指のリズム運動機能の低下を捉えた結果であると考えられる。

2.両手の手指の運動を高精度で評価可能な解析技術を開発

 日立は、計測した両手の指タッピング運動の出力波形から、多様な特徴を捉える解析技術を開発し、解析ソフトを長寿医療研究センターに提供した。磁気センサ型指タッピング装置UB1に搭載された指タッピング運動の振幅、タッピング間隔、両手の位相差などに関する基本的な21個の特徴量に加えて、両手指のリズム運動機能の低下を示す二指の接触時間や、両手の動作波形の類似度などに関する23個の特徴量を算出できるため、指タッピング運動のさまざまな性質を高い精度で評価できる。

 UB1は装着が簡便で生体安全性が高い小型の磁気センサを採用しており、計測時間も15秒と短いため、被験者の負担が少ない評価が可能なことから、今後、長寿医療研究センターと日立は、より多数の指タッピング運動データの計測と解析をすすめ、本評価方法の有効性を検証していくことで、アルツハイマー型認知症の早期発見を向けた簡易な検査法の確立に取り組んでいく。

 本成果は、2016年5月20日にJapanese Journal of Comprehensive Rehabilitation Science(http://www.rehabili.jp/jjcrs/)に論文が掲載される。なお、本研究は、長寿医療研究センターの倫理審査委員会の承認を得て実施された。

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*1 アルツハイマー型認知症:記憶障害・見当識障害・判断力低下などを主な症状とする認知症の一種。認知症の半分以上を占める。
*2 スクリーニング検査:精密検査を行う前に行われる選別試験。
*3 UB1:磁気センサ型の指運動機能計測装置(非医療機器)。「UB1」の次世代モデル「UB2」(非医療機器)を、日立マクセル(株)(以下、日立マクセル)にて開発している。「UB2」は無線通信機能を搭載するとともに装置の小型化を図っており、よりスムーズな計測が可能になる。また、本研究による解析プログラムの特徴量も新たに搭載し、高度な解析が行える。日立マクセルでは2016年7月より、この「UB2」を研究機関向けに提供開始する予定である。
*4 ミニメンタルステート検査:見当識や記憶力等を評価する検査。30点満点中23点以下で認知症の可能性が高いとされる。
*5 位相差:右手の指タッピング運動に対する左手の指タッピング運動のずれ。右手の指タッピング運動1周期を360°とみなし、ずれを角度表示する。
*6 相関係数:2つの数値の間の関連性の強弱を測る指標。完全な正の相関がある場合は1、完全な負の相関がある場合は-1となる。
*7 脳梁:脳の一部。左右の脳の間で情報をやり取りする役割を果たす。
*8 大脳基底核:脳の一部。運動調節、認知機能などのさまざまな役割を担います。


●お問い合わせ先

国立研究開発法人国立長寿医療研究センター
健康長寿支援ロボットセンター[担当:センター長(医師)近藤]
TEL:0562-46-2311(代表)
URL:http://www.ncgg.go.jp/

(株)日立製作所研究開発グループ研究管理部[担当:安井、小平]
TEL:042-323-1111(代表)
URL:http://www.hitachi.co.jp/