IVRの最先端から日本の医療の最先端へ~荒井保明氏インタビュー

2012.08.15

荒井保明先生(国立がん研究センター中央病院長、放射線診療科長)のインタビュー記事を掲載しました!

国立がん研究センター中央病院
荒井保明氏
院長室にて
「見識を示す」ことが日本の医療の大切なゴール 

国立がん研究センター中央病院長 放射線診断科長
荒井保明氏

本年7月1日に国立がん研究センター中央病院長に就任し、日本のがん医療のトップに立った荒井保明氏に、今後の取組みや日本の医療の方向性、若手医師へのメッセージなどを伺った。

●国立がん研究センター中央病院長へのご就任おめでとうございます。今回就任されての率直なご感想をお聞かせください。

荒井 とてつもない重役を仰せつかったな、というのが率直な感想です。この立場になるまで医療の現場で働いてきて、いろいろと思うことはありました。しかし、それはIVRという限られた領域の中での視点が中心でした。今後はIVRに限らず全ての治療や診断といった、広い視点から先の展開を考えていかなくてはなりません。とはいえ、オールマイティーに医療を捉えるということは非常に難しく、IVRを中心に活動してきた私が独断で全ての決定を下すべきではありません。現場の声を聞き、知識を集め、各科の先生方やスタッフの意見を取り入れて最終的な決定を下す、という私のこれまで通りのスタンスで、気負わずに、地にしっかりと足をつけて院長職に臨むつもりです。

●がん治療やIVRについて今後積極的に取り組んでいきたいことをお教えください。

荒井 IVRについてはデバイスラグがあり、海外で使える機器が日本では使えない、もしくは使えるようになるまで時間がかかるという問題があります。デバイスラグについては、これまでもその解消に向けての取組みを行ってきました。デバイスラグの背景には、薬事承認の遅さがあります。しかし、しっかりとしたエビデンスのある、安全なデバイスを国民に提供することは非常に重要なことであり、薬事承認の遅さを安易に否定するべきではありません。とはいえ、承認までの手続きの煩雑さや厳しさによって、医療機器メーカが日本の市場を重要視しない傾向にあるのは事実です。また、薬剤を軸とする薬事法の仕組みが、デバイスなどの医療機器に必ずしも合致しない場合があるという問題もあります。私のIVRデバイスについての知識を活かし、行政との話し合いを通じて、今まで以上にこの問題に取り組んでいきたいと考えています。

●緩和医療についてのお考えなどをお聞かせください。

荒井 緩和医療については、薬物療法を行う前にIVRの技術を使うことで症状自体の発生を抑えられる場合があります。これは知名度も低く、活用されている方も少ないので、緩和医療においてのIVRの有用性を広めていきたいと考えています。また、緩和医療の中でIVRが必要とされる体制を作ることで、IVR医のニーズを増やしていき、放射線科の中でもIVRの重要性を高めていくといったアプローチもしていくつもりです。

●放射線科IVR医の重要性が高まっているようですが、その一方で、臨床各科に比べて放射線科はあまり目立たないという話をなされる先生も少なからずいらっしゃるという声も聞かれます。放射線科医師のひとりとして、日本のがん医療のトップに就かれた荒井先生はこの問題をどのようにお考えでしょうか。

荒井 「IVR=放射線科」というのは医師の論理です。患者様の立場からすれば、治療にあたる医師が何科の医師であるかは問題ではなく、より高い技術と知識を持った医師に治療をしてもらうことが重要です。その視点で考えて見れば、放射線科医のIVRをより広めていくためには、放射線科でより優れたIVR医を育てる必要があることは自明です。IVRを専門にすることで、IVRのみに時間を割くことのできない他科の医師よりも高い技術を持ち、複雑なデバイスを使いこなし、適切な判断を下すことができる秀でた放射線科IVR医が増えれば自ずと放射線科の地位も高まってきます。ターフバトルをするのではなく、自然と放射線科IVR医を選ぶ患者様が増え、放射線科に注目が集まってくるのではないでしょうか。

●海外でご活躍される先生が多く、スーパードクターと呼ばれる先生も多いですが、IVRの分野ではそういったドクターが少ないように感じるという意見があります。そのことについて先生のお考えをお聞かせください。

荒井 海外で活躍するIVR医が少ないかというと、そこは微妙です。内科や外科で大活躍されている先生が多数いることは事実ですが、そもそも放射線科のIVR医と他科の医師とでは絶対数が違いますので、両者を比較するとどうしても絶対数の少ない放射線科のIVR医が目立たないということになります。しかし、IVRの領域では海外とのレベルの差が非常に小さく、日本のIVR医が海外のIVR医と対等に渡り合える分野は多いと思います。だからといって国内に留まっていては井の中の蛙になってしまうので、海外に飛び出していくことは重要です。海外で活躍するには語学の壁という問題がありますが、海外へ出る際に一番重要なのは姿勢です。一定の語学力は必要ですが、こちらの学びたいという意欲や自信などは言葉の壁を越えて伝わるものです。私自身は語学に堪能というわけではありませんが、海外でも堂々と自分の意思を伝えることで認められてきました。しかし、論理的な思考能力とプレゼンテーション能力の2つを備えていなければ、いくら自信があっても海外の先生方は認めてくれません。日本ではその2つについてのトレーニングが甘く、論理的に筋の通った話を理路整然と、短い時間で簡潔に話せる能力を、学会などで切磋琢磨し養っていく必要があると思います。

●近年、アジアの医療の成長には目を見張るものがありますが、アジアの医師の方々が欧米にばかり目を向けているといった声を聞きます。その点については、どのようにお考えでしょうか。

荒井 先程の話とも関連しますが、日本の医療のレベルは高く、アジアでも充分に認識されています。ただし、英語を世界共通言語とするのであれば、日本人もアジアの人々も英語は苦手であり、共通言語である英語で学べる欧米に行った方がいいという考え方はあります。アジアにおいて日本と同じく医療のレベルが高いのは韓国ですが、韓国の先生方もなかなか日本に追いつけないというお話をされています。ですので、アジアの医師が欧米ばかり見ているということは決してなく、日本の医療も相応に注目されており、我々は自信を持っていいと思います。

●日本のIVRが世界でより認められるために、必要なことがあればお教えください。

荒井 IVRの領域ではエビデンスを得るための臨床試験が他の領域よりも弱いという問題があります。しかし、欧米のIVR領域の臨床試験が強いかというと、そういうわけでもありません。しかも、きちんとした形で臨床試験が行われていれば、そこで得られたエビデンスは国の規模や症例数などに関係なく認められます。そこには明確なルールがありますので、日本でしっかりとした臨床試験を行っていけば、日本がIVRの頂点に立つことも夢ではありません。日本のIVRが世界をリードするために、まずはこういった広い視野をもつことが必要です。

●IVRの分野で荒井先生が特に注目している手技があればお教えください。

荒井 私が今個人的に興味を持っている手技は、ナノナイフ(irreversible electroporation)です。このナノナイフは欧米を中心に研究が始まっていますが、まだ全世界で50台ほどしかありません。ヒトへの治療が始まってまだ2年ほどです。ナノナイフはこれまでのRFA(ラジオ波焼灼術)や凍結治療とは根本的に概念が違い、高圧電流を流して細胞膜に穴をあけ、細胞を死滅させてしまうというものです。この治療の面白いところは、細胞は死滅しても組織の構築が壊れない点です。RFAや凍結治療は細胞の構築まで壊してしまい、がんが治ったとしても、その後の生活に支障をきたす場合があります。例えば、血管や総肝管の入り組んだ肝門部で組織の構築を壊してしまえば、がん細胞は死滅してもそのままでは人間はその後生きていけません。細胞を死滅させても組織の構築を残すことが可能になるのがナノナイフなのです。ナノナイフをリードしている国はアメリカやイギリス、最近ですと台湾などが挙げられますが、日本ではまだ承認されていません。全身麻酔が必須などの問題点はあるのですが、すでに機器自体は購入しており、日本でナノナイフが承認されるよう活動していきたいと思っています。

●医療機器メーカへの要望はありますか。

荒井 薬事承認をとってビジネスを成立させる、という面で日本の市場はかなり厳しい環境にあります。しかし、新しいデバイスを広めやすい体制にし、企業にとって日本を魅力的な市場にしていくための努力もしていくつもりです。たしかに、市場としては中国などの方が魅力的であるというのも事実でしょうが、企業には日本市場から撤退するといったことは極力避けていただきたい、というのが私の本音です。

●最後に、若手医師へのメッセージをお願いします。

荒井 私が若い医師を見る際注目する点は、論理的思考ができるか、プレゼンテーション能力があるか、海外で活躍するための一定の英語力があるか、といった点です。しかし、海外の先生方も結局は「人」を見ています。魅力的な人物は例え英語力に乏しくても海外で受け入れられますし、逆に優れた研究を行っていてプレゼンテーションが上手くても、人柄が良くなければ受け入れられません。すなわち、人柄は海外で活躍する上でも、とても大切な条件だと思います。こういった「人間力」といった側面は教育ですぐにどうこうできるものではありません。私が医師を迎える際に重要視しているところは知識でも技術でもなく、このキャラクターの良さです。キャラクターさえ良ければ、知識と技術は後で覚えてくれれば構わないというスタンスです。ですから、若い医師の皆さんには、人としての自分を磨くことを大切にしていただきたいと思っています。
 また、若い人達に担っていただく、将来の日本の医療の方向性についてもお話したいと思います。新しい機器の開発や膨大な患者数を得るという点では、日本という国の規模には自ずと限界があります。一方では、日本よりもずっと患者数の多いアメリカや中国の医療においても、貧富の差が広がっており、必ずしもすべての人が十分な医療を受けられるわけではない、という現状があります。これらの点を考えると、日本の医療が進むべき方向は「お金をかける医療の開発や普及」ではないと思われるのです。
 むしろ、日本が将来のモデルとすべき国はイギリスにあるように思われます。イギリスは大きな国ではありませんが、デザインやファッション、音楽といった様々な領域の文化に大きな影響を与えており、一目を置かれています。同じように、日本が各国から一目を置かれる存在になるにはどうすればよいか。それは「見識を示す」、というところに答えがあるのではないでしょうか。例えば、病気が治っても国は滅びるというような高額な医療を、裕福な国が貧しい国に示しても賛同を得ることはできません。そこには、一定のバランス感覚を保った、中庸を得た意見が必要であり、そのような意見は後発国やアジアの国々からも必ず歓迎されるはずです。このような見識を示し、イギリスと同様に国は小さくても有益な意見を発信して諸外国の信望を得ることが、日本の医療における1つのゴールではないかと考えています。IVRの世界においても、日本は各国がその実力を高く評価するだけの技術をもっており、これに加えて見識を示すべき立場にあるのではないかと思います。将来を担う若手医師達には、是非とも日本のIVRに自信を持つとともに、日本の文化の良い面を十分に認識して、堂々と活躍していっていただければと願っています。

荒井保明
国立がん研究センター中央病院長/放射線診断科長

1979年東京慈恵会医科大学卒業
同年国立東京第二病院内科
1984年愛知県がんセンター放射線診断部
1997年同センター放射線診断部部長
2004年国立がんセンター(現・国立がん研究センター)中央病院放射線診断部部長
2010年国立がん研究センター中央病院副院長/放射線診断科科長
2012年より現職