公益財団法人 島津科学技術振興財団、2022年度島津賞・島津奨励賞受賞者決定

2022.12.13

 公益財団法人 島津科学技術振興財団(理事長 榊裕之)は12月1日に開催した島津科学技術振興財団理事会において、第42回 (2022年度)島津賞受賞者1名、島津奨励賞受賞者3名、および研究開発助成金受領者(領域全般20名、新分野3名)を決定しましたので通知する。

 島津科学技術振興財団は、科学技術に関する研究開発の助成および振興を図る目的で1980年に島津製作所の拠出資金により設立され、2012年4月に公益財団法人に移行した。基本財産は約30億円だ。島津賞は、『科学技術、主として科学計測に係る領域で、基礎的研究および応用・実用化研究において、著しい成果をあげた功労者』を表彰するものである。島津奨励賞は2018年度に創設された顕彰事業であり、『科学技術、主として科学計測に係る領域で、基礎的研究および応用・実用化研究において独創的成果をあげ、かつその研究の発展が期待される国内の研究機関に所属する45歳以下の研究者』を表彰するものだ。

 また研究開発助成は、『科学技術、主として科学計測に係る領域で、基礎的研究を対象とし、国内の研究機関に所属する45才以下の研究者』を助成するもので、2018年度からは、当財団が設定した科学計測に係る新しい分野を“新分野”として別枠で選出しており、今年度は『先進情報技術を用いた計測技術・解析技術の前線開拓分野』をテーマとして募集した。
 『新分野』は、『領域全般』と区別して助成を募集している。今年度は、領域全般で20件、新分野で3件の総計23件を選出した。採択となった研究は、いずれも先端技術に関するもので、今後その成果・発展が期待される。

1.島津賞

 公益財団法人 島津科学技術振興財団の推薦依頼学会に推薦依頼し、推挙された中から、公益財団法人 島津科学技術振興財団選考委員会および 理事会にて、受賞者1名を選出した。受賞者には、表彰状・賞牌・副賞500万円を贈呈する。

受賞者

国立研究開発法人 理化学研究所 環境資源科学研究センター
センター長 齊藤 和季氏

齊藤 和季氏

受賞実績

植物メタボロミクス・統合オミクスの開拓による植物科学の新展開

推薦学会

一般社団法人 日本植物バイオテクノロジー学会

受賞理由

 齊藤和季氏は、複数の質量分析計によるメタボローム解析プラットフォームの確立、優れたピークアノテーション手法の開発などによりメタボロミクス解析基盤を確立した。
 さらに、同氏は開発した先端的植物メタボロミクスを他のオミクスと統合し、新規で有用な植物代謝産物の発見のみならず、これらの生産に関わる遺伝子の同定とバイオテクノロジーへの応用を実現した。
 公益財団法人 島津科学技術振興財団は、これらの業績が、学術面だけでなく社会的にも多大な貢献をしていることを高く評価した。

用語解説

 ゲノム科学の進展と共に、網羅的な代謝産物解析であるメタボロミクス注1研究が勃興した。特に、植物は動物を遙かに凌駕する種類の代謝産物(植物化学成分、ファイトケミカル)を自ら生産し、それらは植物の機能や有用性に直結しているため、植物科学おけるメタボロミクス研究は非常に重要である。
 しかし単一の計測技術が適用可能なゲノム、トランスクリプトーム、プロテオームと異なり、メタボローム解析では複数の計測技術を有効に組み合わせることによって初めて十分な網羅性が確保されるという困難さがあり、さらに新たな生物学的発見を達成するためには、計測後のピーク アノテーション注2の実施と、他のオミクスとの統合も必要である。
 齊藤和季氏は2000年代初期から、世界に先駆けて植物メタボロミクスの重要性を認識し、この分野を開拓してきた国際的な第一人者であり、理化学研究所において複数の質量分析計によるメタボローム解析プラットフォームを確立し、解析対象成分の網羅性を最大化すると共に、優れたピーク アノテーション手法も開発した。これら、同氏によって確立されたメタボロミクス解析基盤は、国内外の研究者コミュニティに広く利用され、世界の植物科学の進展に貢献した。
 さらに、同氏は自ら開発した先端的な植物メタボロミクスを、ゲノミクス、トランスクリプトミクスと統合した「ファイトケミカル ゲノミクス注3」を定式化(図を参照)し、新規で有用な植物代謝産物の発見のみにとどまらず、これら代謝物の生産に関わる遺伝子の同定を達成することで、バイオテクノロジーへの応用を実現した。
 具体的には、抗酸化性フラボノイド注4、健康機能性グルコシノレート注4に代表される含硫黄成分、生物活性アルカロイド注4などの主要な二次代謝産物、環境ストレスで誘導される新脂質とこれらの生合成遺伝子の同定、臨床的に用いられている抗癌成分カンプトテシン注5の生合成研究と生産細胞での自己耐性機構の発見などが挙げられる。また、漢方で最も頻繁に配合される重要生薬「甘草注6」について世界で初めてゲノム配列を決定し、主要成分の生産遺伝子の同定や代謝工学に貢献した。その他、イネ、トマト、ジャガイモなど幅広く主要作物について、メタボロミクスによる健康機能成分や毒性成分の生産について、ゲノム機能研究とバイオテクノロジーを推進した。
これらの業績は学術面だけでなく社会的にも多大な貢献として世界に認められている。

用語説明

注1 メタボロミクス
 生体の代謝産物の総体であるメタボロームを網羅的に解析する学問分野を指す。全遺伝子DNAを解析するゲノミクス、全転写産物(ゲノムDNAを鋳型として合成されるRNAの総称で、mRNAからタンパク質の材料であるアミノ酸が合成される)を解析するトランスクリプトミクス、全タンパク質を解析するプロテオミクスと共にオミクス(オーム科学)と称されている。

注2 ピーク アノテーション
 メタボロミクスにおいて、質量分析計などの分析機器によって得られた計測シグナル(ピーク)がどのような化学成分に由来するかを、同定あるいは推定する作業を指す。特に、メタボロミクス研究で最も一般的な非ターゲット分析において、結果の生物学解釈のために重要なステップである。

注3 ファイトケミカル ゲノミクス
 ファイトケミカル(植物化学成分)の生合成、輸送、蓄積、作用、分解などに関するゲノム関連科学を示す。下図に示すようにメタボロミクス、トランスクリプトミクス、ゲノミクスなどに加え、それらを統合するデータベース開発、システム生物学、ゲノム機能科学、バイオテクノロジーも含め大きな研究分野が形成される。

注4 フラボノイド、グルコシノレート、アルカロイド
 特定の植物種や近縁の植物に特異的に蓄積する代表的な二次代謝産物の代表群だ。フラボノイドは抗酸化活性を有する特徴があり、グルコシノレートは分子中に硫黄を含み抗癌活性が認められている成分もあります。アルカロイドは分子中に窒素を有し、多くの場合神経作用などの特異的な生物活性を有す。

注5 カンプトテシン
 臨床的にも用いられている抗癌薬の原料となるアルカロイドであり、細胞の核内でDNA複製を阻害して抗癌活性を発揮する。

注6 甘草
 一般的に用いられる漢方処方の約70%に配合されている最も汎用性の高い生薬、またはその基原となる薬用植物を指す。その主要成分であるグリチルリチンは砂糖の約150倍の甘さがあり、低カロリーの天然甘味料の原料としても重要である。

「ファイトケミカル ゲノミクス」の定式化

「ファイトケミカル ゲノミクス」の定式化

2.島津奨励賞

 公益財団法人 島津科学技術振興財団の推薦依頼学会および当財団関係者に推薦依頼し、推挙された中から、当財団選考委員会および理事会にて、受賞者3名を選出した。受賞者には、表彰状・トロフィ・副賞100万円を贈呈する。

受賞者

国立研究開発法人 理化学研究所 創発物性科学研究センター
チームリーダー 山本 倫久氏

山本 倫久氏

受賞業績

固体の電子波を利用した革新的な位相計測技術と量子デバイスの開発

推薦者

一般社団法人 日本物理学会

受賞理由

 山本 倫久氏は、独自の半導体量子干渉計などの量子デバイスを用いて、固体の量子回路を伝搬する電子波の位相、多体のスピン量子コヒーレンス、結晶中の電子波の伝搬方向の電気的な計測と制御を世界で初めて実現した。
 さらに現在、自身が代表を務めるJST-CRESTのプロジェクトなどで、位相制御の技術を量子情報技術に応用する研究を推進している。この研究は、小さなハードウェアで多数の量子ビットを制御することも可能にすることから、既存のシステムと比べて圧倒的に効率的なアーキテクチャーを持つ量子計算機が実現する可能性があるなど、今後の発展についても強く期待できる。
 公益財団法人 島津科学技術振興財団では、これら業績が今後も発展し、高度な量子技術を用いて物性科学の問題をミクロな視点から解き明かし、量子技術と物性科学を融合させた新しいフロンティアを切り拓く可能性を有することを高く評価した。

受賞者

国立大学法人 京都大学 エネルギー理工学研究所
教授 宮内 雄平氏

宮内 雄平氏

受賞業績

カーボンナノチューブの励起子発光計測と新規熱効果

推薦者

過年度島津賞受賞者

受賞理由

 宮内 雄平氏は、カーボンナノチューブ(CNT)において、発光・輻射現象に関わる励起子に関する研究を行い、励起子の閉じ込めによる長寿命化がもたらす高効率発光や、熱によるアップコンバージョン発光などを見出した。
 また、独自の単一ナノ物質暗視野分光計測技術を確立し、熱輻射の制御により熱から電力を取り出す新技術への応用可能性を示す「熱励起子」生成の実証に成功するなど、CNTに関する様々な新規で有用な励起子の性質を発見した。これら新たに発見された励起子の性質は、温暖化物質であるCO2の固定先となりえるCNTが、社会的に有効活用をなし得る可能性を示している。
 公益財団法人 島津科学技術振興財団では、これら業績が、従来の「常識」にとらわれない優れた研究の成果であり、今後の発展によって、その成果が社会に還元されうることを高く評価した。

受賞者

東京工業大学 物質理工学院
准教授 相良 剛光氏

相良 剛光氏

受賞業績

微小な力を可視化する有機超分子材料の開発

推薦者

過年度島津賞受賞者

受賞理由

 相良 剛光氏は、自身が発見した「分子集合体の構造変化による蛍光メカノクロミズム」という現象を洗練・深化させることで、pNオーダーの微小な力の計測・可視化技術を確立した。この成果は、従来適用できなかった分野で、物理計測の基礎である「力計測」を可能としている。
 同氏は、現在、pNオーダーの微小な力を1分子レベルで可視化するという、「超分子メカノフォア」に関する研究へと進んでおり、実現すれば、生細胞が生み出す機械的刺激や、MEMSなどのマイクロスケールのデバイス内やマイクロ流路内部で発生している摩擦を分子レベルで鋭敏に検出・可視化をも可能となるとみられている。
 公益財団法人 島津科学技術振興財団では、これらの業績が、従来は不可能であった計測・観測を実現し、新しいデバイス開発や生体機能の理解に寄与する可能性を有するものであることを高く評価した。

 島津賞表彰式・研究開発助成金贈呈式、並びに島津賞受賞記念講演は、次の通り行う予定である。

日時:2023年2月20日(月)

次第:表彰式・贈呈式         13:30~14:55

   島津賞、島津奨励賞受賞記念講演 15:05~16:30

場所:ホテルオークラ京都(京都市中京区河原町御池)

 未だ、コロナ感染の影響下にあることを鑑み、感染防止にも配慮した開催とする予定である。
 ただし、今後のコロナ感染の状況によっては、開催要項を変更する可能性がある。