関西IVR報告~肝臓における画像診断・IVRの歴史~

2013.02.26

関西IVR報告
~肝臓における画像診断・IVRの歴史~

 
IVRコンサルタンツ
林 信成
 
 この報告書を作成しているときに、滝澤謙治先生が亡くなられたとの報が入った。日本のIVRにとって多大な貢献をされ、多くの患者さんたちを救って来られた方だけに、あまりに早すぎる知らせに残念でならない。心よりご冥福をお祈りいたします。
 
 さて平成25年2月16日にホテルエルセラーン大阪で開催された日本IVR学会第33回関西地方会(第54回関西IVR)に参加した。当日は雪がちらつく寒さだったし、他の学会や研究会との重なりも多かったためだろうか、参加者がやや少ないように感じた。かなり以前から、2月は1年で最も学会や研究会のスケジュールがタイトな月となっている気がする。学会のスケジュール表を見ると、眩暈がしそうなほどである。IVR関連でも、JET(Japan Endovascular Treatment Conference)がすぐ近くの大阪国際会議場で開催されていたので、ステントグラフトなど血管IVR関係のIVR医たちの中には、そちらの方に参加したり掛け持ちで両方に参加したりした方も多かったろう。もう少しスケジュールを考えて欲しいと思うのだけど、考えてもどうしようもないのが2月である。私自身も別の予定があり、少し早めに帰らねばならなかったが、朝一からたくさんの演題を聴き、松井 修先生の特別講演では中部IVRや北陸での過去30年間の思い出が次々とよみがえり、個人的におなかいっぱい楽しんだ。今回は一般演題47題にランチョンセミナーと特別講演というプログラムだったが、拝聴できて印象に残ったテーマにしぼって報告する。
 
特別講演
 金沢大学の松井 修先生が、「肝・肝腫瘍のmicrocirculationとIVR:画像と解剖・病理・病態の対比研究からの考察」と題して、この領域の画像診断・IVRの進歩を、歴史的な経緯をまじえながら話された。胆管周囲動脈叢や肝被膜動脈・肝内動脈の吻合、肝細胞癌の多段階発育や腫瘍から門脈へのドレナージなどについて、幅広い分野をIVRと関連づけて解説された。私事で恐縮だが、私が松井先生の研究を初めて聞いたのは約30年前で、日医放総会でのCTAPに関するポスター発表であった。その当時からの肝臓における画像診断・IVRの進歩の歴史を見ると、まさに松井先生が研究されてきた歴史なのだと実感する。
 脂肪肝に見られるFocal Spared Lesionの原因解明もそうだったが、松井先生の研究は常に臨床的な疑問から始まり、誰もが使用可能な装置・画像を使って、膨大な症例の画像を精緻に調べることが基本になっている。そしてそれがIVRを中心とする治療につながっているところが感動的である。CT撮像の高速化やMDCTの進歩がそれを助けているのは勿論だが、決して他施設より先んじて高級な装置を使えたわけではない。大学病院なら普通の装置を一般的な時期に使って臨床研究されてきたのである。座長を務められた佐藤守男先生が「ずっと背中を追いかけて、いつか追いつきたいと思っていたのに、ますます見えないほど先へ進んで行かれる」と紹介されていたが、まさに同感である。私は人生の中盤を福井で過ごし、中部IVRで松井先生や荒井先生を近くで見ることができて、本当に幸せ者だと思う。
 
ランチョンセミナー
 三重大学の加藤憲幸先生が、「ステントグラフト内挿術の現況」と題して、腹部および胸部大動脈瘤の血管内治療の現況について話された。幅広い領域で早口・辛口だったので、この治療に関わっていないIVR医にとっては少しわかりづらかったかもしれない。ただこの分野がますます血管内治療へとシフトしていることは感じられただろう。約20年の歴史を経て、あらゆる外科手術にとって変わろうとしているのである。長期成績についてもおおまかなコンセンサスは得られつつある。外科手術と長期成績はほぼ同等だが合併症や追加治療の必要性は明らかに高い、周術期のコストは外科手術より少し低いがデバイスや経過観察などの長期的なコストは高い、瘤関連死亡は減らすことができるが全体の死亡率は内科的経過観察と大差ない、外科手術後に高齢者で生じやすいADLの低下が生じにくい、といったことだろう。
 最後の2つが特に重要である。腫瘍分野と同様に、生存率や生存期間と言ったハードエンドポイントに関し、IVRは(外科手術の多くもそうだが)さほど大きな貢献をしていない可能性がある。これはいわゆる早期癌の早期発見・早期治療の議論と同様で、真偽のほどはおそらく百年経っても解明できないであろうし、統計学的な総論と個別患者における各論の乖離は、どうしようもなく大きい。超高齢化と保険財政の破綻という現実問題の方が先行するのかもしれない。
 
治療適応
 上述したような問題と同様、今回は治療の適応について考えさせられる演題が少なくなかった。超高齢化社会を迎え、また片っ端から血液検査やCT検査が施行される時代となり、最近は保険診療における治療適応について「ホンマにええんやろか」と悩むことが多い。マスコミでも取り上げられることが多くなった胃瘻による延命治療の問題は勿論だが、ADLの良くない超高齢患者の大動脈瘤や腎不全をステントグラフト挿入や透析で保険診療することが本当に正義なのかどうか、ずっと迷いがある。これは胆管用ベアーステントが初めて登場した頃、合計100万円以上ものステントを留置し、1週間後に亡くなった症例を見せられた時からずっと感じてきた。
 今回の研究会でも、検診で偶然発見された脾動脈瘤を見事に治療した症例が報告されていた。それは素晴らしいのだが、脾動脈瘤にせよ腎動脈瘤にせよ、治療適応は全く確立されていない。直径2センチが一応の目安になっているだけで、エビデンスは皆無というか、専門家の意見という最低レベルに過ぎない。でもドックはおろか検診にまでCTが用いられている今では、胸部CTで1センチを超える腹部内臓動脈瘤が発見されることは少なくない。この問題は脳ドックにおける動脈瘤への対処でかなり豊富なデータが出ているのだが、その解釈は様々である。福島の子供たちに発見された甲状腺癌についても、医学史上初めてのデータであって、議論は永遠につきないような気がする。
 腎臓や肺のRFAでは、同様の問題からか会場が静まりかえっていた印象がある。早期腎臓癌は、RFAによって部分切除と同等の成績が得られている。確かにそうだろう。ただ欧州からは、高齢者の小型腎臓癌を対象に、何らかの治療介入をした例と経過観察した例で、全体の生存期間に差がなかったとの報告が出ている。前立腺癌についても同様の報告がいくつもあり、日本で流行のPSA検診は世界の常識と少し異なっている。また本検査の高齢者への安易な適応にはかなりの問題がある。
 甲状腺癌による多数の肺転移に対して、限られた大きな腫瘍に対してRFAを施したという報告がなされた。合併症が少なく生存期間も優れた成績ではあるが、一般的な医療になるかどうかは疑問に思う。以前テレビ番組で、幕内雅敏先生が100個くらいの肝転移を切除している様子が放映されていた時に抱いた印象と少し似ている。優れた術者が優れた技術で、患者の希望に沿った治療を行って、その結果に患者が満足する限り、それは医療行為として誤ってはいないと思う。ただそれが全体として患者のQOLを含めた生存に寄与するのかどうかについて、エビデンスが得られることは未来永劫ない。術者のレベルも違えば、患者の希望も違うからである。それが「原則として全国民が費用負担を分かち合っている」保険診療になじむものなのかどうか、意見が分かれるのではないだろうか。その議論がおそらく、財政上の理由で待ったなしである。
 
被曝
 被曝の演題が2つあった。1つ目は「看護師さんが患者さんに近づく際は、声かけをしましょう、その際にIVR医は透視を中断しましょう」という主旨である。患者さんに近づけば散乱線による被曝量が増えるので、まったくもって正しい話である。一般の現場ではIVR医と看護師のコミュニケーションがどれだけうまくとれているかによって異なるだろうし、熟練した看護師さんなら絶妙のタイミングで近づいてくれるかもしれない。何よりも大切なのは、「透視中の患者さんに近づくことは、被曝量を増やすことである」という知識がきちんと教育されていることだろう。
 2つ目はアンダーチューブ装置における下肢被曝に関する演題であった。詳細は省くが、左の膝あたり、鉛エプロンの上につけた線量計がかなり高い数値を示したという結論である。チューブ側なので当然と言えば当然だし、鉛エプロンの上での線量が意味するところ、またエプロンからはみ出る下腿への被曝が、実際にどの程度人体に悪影響を及ぼすのかは良くわからない。1月号のAJRにも、東北大学から職業被曝に関する論文が掲載されており、医師・看護師・診療放射線技師間で大きな被曝量の差があることや、鉛エプロンの上に装着したバッジを計算に入れるかどうかで算出される実効線量が大きく異なることなどが報告されていた。実効線量の計算式やその基礎となる組織加重係数は、過去に変遷があるし、どれだけの部位にバッジをつけているかで異なってくる。IVR手技という不均等な被曝を受ける職業行為における被曝量の評価について、まだ真のゴールドスタンダードはないのだと思う。客観評価できる有害事象がただちに生じないので、現状では結局、ALALAの原則を守るよりほかないのだろう。
 
塞栓術
 塞栓剤の基礎実験では、ミリプラチンの粘度がシスプラチンやリピオドール単独に比べて高いこと、いずれも加温によって粘度が低下するので、温めるとより末梢に届きやすいことなどが示されていた。もちろんこれらは知っておいて損のない知識であるが、実際の臨床現場でマイクロカテーテルの先から出るときの温度がどのくらいなのか、体温より高いことによる功罪はどうなのか、臨床的アウトカムを検討するのは難しそうである。
 NBCA-エタノール-リピオドール混合物に関する基礎実験の報告では、これが「バルーンに付着することなく瘤嚢を充填しうる」可能性が示されていた。見かけはOnyxのようで、すでに臨床で使われている製剤ばかりを混ぜているので、薬事などの障壁が比較的少なく、意外と早くに臨床応用が進むのかもしれない。
 多発嚢胞腎に対する、低濃度NBCA混合液を用いたTAEの報告は面白かった。本疾患で、腎臓の著明な腫大による症状に苦しんでいる透析患者は少なくない。10年あまり前にマイクロコイル塞栓による症状緩和の報告が出たすぐ後には全国で数多く試みられたと思うが、さほど普及はしなかった。その後はエタノールを用いたTAEの報告も出たが、残念ながらこれも標準手技として一般化するには至っていない。それにはおそらく、所要時間、疼痛、高血圧、コスト、保険適応、奏効率など、多くの因子が複雑に絡み合っているのであろう。本治療法は根治ではなく「緩和」が目的であること、手技の標準化が比較的容易と思われることから、是非とも第三者機関の評価を伴う多施設共同で、臨床試験を行って欲しいものだと思う。そうでなければ「あの施設ではこんな治療をやっているらしい」という口コミに終わってしまう。
 鎖骨下静脈からの中心静脈カテーテル挿入の際に、胸肩峰動脈を損傷した例が報告された。「損傷部位が、鎖骨下動脈本幹に見えて実は胸肩峰動脈」という例は、意外と多そうなので、知っておくと役に立つだろう。
 膵切除後の出血例で、動脈造影では出血点がわからず、プロスタンジンのチャレンジでも不明で、ドレナージチューブからウロキナーゼ注入を行うことで出血点が同定された報告もあった。チューブを抜いたりずらしたりすることで同定できる例もあるし、これも知っておくとよい裏技だと思う。
 肝性昏睡患者の肝外短絡路を腹壁からの直接穿刺で治療した症例では、その安全性について議論があった。前回は確か別の施設から、直腸静脈を直接穿刺した症例が報告され、同じような議論だったと思う。絶対に安全と言える人は誰もいないし、できれば避けたいに決まっている。ただLast Resortで治療自体は絶対適応と言える症例で、そのような症例が蓄積されていくのは、IVRではかなり一般的なことなのだと思う。
 肝切除前の門脈塞栓術に関しても、まとまった報告があった。リピオドール・ゼラチンスポンジ・コイルが用いられていて良好な成績であった。ただエタノールを用いている施設も多く、この治療法の標準化は全くなされていないと感じる。本法は日本発の手技であり、欧米でもかなり普及しているだけに、何とかならんものかと思う。
 
その他
 地方会の定番となった感もある日本IVR学会夏季学術セミナーの報告があった。学術セミナーへの参加が、参加者たちの実臨床に確実に反映されていることを伺わせる内容で、本セミナーが全国のIVR医のレベルの底上げや標準化に貢献していることを確認できて嬉しい。IVRの症例数が全国的に減少したり偏ったりしている中、このような学会の基礎的な支援活動は有効だと思うし、参加者同士が横のつながりを深める意味もとてつもなく大きい。IVRは外科手術と同様に、エビデンスで証明できないことの多い「技術」であり、他施設における手技の実際を知ることは、とても重要だと思う。
 下肢静脈瘤に対する血管内レーザー治療の初期経験に関する演題もあった。この治療は、コスメティックな問題の改善だけにとどまらないものなのだが、患者の平均年齢が比較的低くて受診しない人が少なくないためか、施行している施設がいまだにかなり限られている。関西でも熱心な施設が増えていくのは素晴らしいことだと思うし、美容整形の領域にもIVR医が関与する、大切な機会だと思う。
 
 以上、3分の2程度しか聴けなかったが、楽しく充実した会であった。春からの学会シーズンの口火を切る充実したスタートでした。