ISET (international symposium on endovascular therapy) 2011報告記その1 ~多発性硬化症(Multiple Sclerosis)に伴うCCSVI (chronic cerebrospinal venous insufficiency)とIVR治療~

2011.02.03

西岡健七朗

「多発性硬化症(Multiple Sclerosis:MS)の患者さんが頭痛や疲労感で苦しんでいる。そこで頸静脈をバルーンで拡張し奇静脈にステントを入れたら、15年以上苦しんでいた症状が霧が晴れたように改善して、痛みや苦しみからすっかり解放された。それはそれは劇的な変化であった」と聞いたら、皆さんならどう思われるだろうか? これが現在(と言うよりも、米国で話題になったのが2010年春頃だから少し古い話だが)、米国や欧州で物議をかもしている”多発性硬化症Multiple Sclerosisに伴うCCSVI (chronic cerebrospinal venous insufficiency)とIVR治療”というトピックだ。今回、1月17日から20日までフロリダで開催されたISET 2011でも、初日の午前中という絶好の枠でtown hall meetingを兼ねて大々的に扱われ、大きな反響があったので、ISET 2011報告の第一弾、速報としてこの稿で扱わせてもらうことにする。

2008年、イタリアの血管外科医Paolo Zamboniが何を思ったか、MSの患者さんの頭頸部にかなり詳細な超音波検査を施行して左内頸静脈に狭窄を見つけた。それがどうした? と言いたいところだが、彼は外科医らしい単純さと潔さで「狭窄しているから拡げよう」と“そこに山があるから登る”的にバルーンを使ってこの狭窄を拡張した。そうしたら一部の症状が劇的に改善した。もちろんたまたま改善したのかも知れない。その後、彼は片っ端からMS患者の頸部にエコーをあてて、狭窄があれば拡張し、狭窄がなければ静脈造影をやってまで奇静脈の狭窄をみつけては拡張したりステントを入れたりした。実は最初の患者というのは彼の奥さんである。その後ザンボーニのやり方は他に全く打つ手のないMSの症状が改善するというふれこみで、MSの発生率の高い国々に飛び火し、米国でも多くのIVR医がこの手技を行った。
私自身、2010年6月、SIR Foundation (SIRのresearch/education部門)のchairmanを務めたDr. Joseph Bonnに直接お会いする機会があったのでこの手技について尋ねると「つい最近、3例ほど施行したが、いずれも症状は改善したよ」と、ちょうどその前日にPhiladelphia Inquirer紙にインタビューを受け、ご自身が救世主のように扱われている写真入り記事を見せてくれた。「へえ~、たいしたもんですなあ、先生」などとお世辞を言いながら面談を終えたが、実はこのときすでにFDA(Food and Drug Administration)はこの前代未聞のまるで魔法のようなIVR手技に“待った”をかけていたのである。

ISETメイン会場。CCSⅣのセッション。スクリーンにDr.Dakeの姿が見える。

多発性硬化症といえば、原因不明の難病であり少なくとも免疫反応の関与が指摘され、治療もregulatory T cellsなど免疫応答を修飾する手段が注目されるなど、少なくとも単純な静脈の鬱滞だけで説明がつくほど簡単ではないことぐらい医者なら誰でも知っているし、医学に携わっていない人間でも知っている。それが、たまたま見つけた頸静脈の狭窄をバルーンで拡張するだけで、まるで病気が治ってしまったかのようにマスコミに扱われては、多くの医療関係者はまるで狐につままれたような思いをし、次に眉につばを付け、短期間のうちににわかにこのIVR手技に懐疑的になったとしても仕方あるまい。

ISETでは米国の現在の状況として、怒り心頭に発したMS experts (多くはneurologist)が、「ナイーブなcowboy IVR医による治療」とMS患者に告げるものの、患者は「あなたがたはMS Fundを失いたくないだけだろう。他に治療法を提供できないのならば、私達は外国へ行ってでもIVR治療を受ける」という図式が紹介されていた。多くの患者さんはこのIVR治療に対して「藁にもすがりたい」思いなのだ。

ISET 2011には最初にザンボーニ本人が登場し、次に米国で積極的にこの手技を行っているMichael Dake, M.D. (Stanford University)が優れた発表をした。Dakeの話の内容をここで紹介しよう。それは、MSとCCSVIという題で、まず第一にMS plaque venocentricという概念を紹介し、7T(!)の脳MRI所見を示してMS plaqueはvenous structureを中心に散在していることを見せ、第二にBlood Brain Barrier breakdownをNEJM 355: 488-498, 2006“Venous insufficiency”の総説を紹介しながら語り、核心の第三のポイント、extracranial venous obstructionを実例を示してみせた。その後、カナダのLindsay Machanがカナダをはじめ欧州の現状を紹介し、Neurologistの立場からJack Burksが発表し、最後にSIRのスタンスをJames Benenatiが、そしてカナダの立場(CIRA、CSVS)をLindsay Machanが述べた。BenenatiがJVIR 21: 1335-1337, 2010でSIRの立場を発表しているが、結論は「現時点では科学的根拠に乏しいため、さらにevidenceを要する」というものであり、カナダもこれに追随した形だ。ISET2011は見事な構成と演出で、ザンボーニ本人をトップに持ってきて Dakeがフォローし、ISETのhostのひとりであるBenenatiのコメントで締めた。

しかしながら、いかにMichael Dake(このひとZilver PTXのP.I.-Principal Investigator-のあのDakeである。翌日にはZirver PTXのRCTの結果が最も優れた発表として大きく報道された)がどれだけ優れた発表をしようとも、確かにまだ科学的根拠に乏しい、というよりも科学的根拠がほとんど全くないのだ。実はISETの直前にDakeが私の住む地域を訪れていたので本人に直接話をきく機会があったのだが、7T brain MRIも無治療のMS患者のもので、IVR手技の前後で比較したものはない。圧較差のデータはザンボーニが出していたが、コントロールがないため、出てきた数字が大きいのか小さいのか全く見当もつかない。Burksが頸部エコーの写真を出して、狭窄部位に静脈壁の肥厚があるということを示したが、これも特異的なのか非特異的なのかさっぱり分からん、といった調子である。さらに、MS患者のすべての症状がこのCCSVIで説明がつくのか? という疑問、すべてのMS患者にCCSVIがみられるわけではなく逆にすべてのCCSVI患者がMS患者ではないという事実に基づき、MSのない患者(例えば透析のバイパスを持つ患者にはよくCCSVIが見られる)に静脈拡張療法を行ってもMS患者のようには自覚症状は劇的には改善しないが、一体これをどう説明するのか? 一般的に言って、他に全く治療法がないところへ新しい治療が出てきて藁をもつかむ心境で治療を受けると、placebo効果が強く出る可能性があるが、本当にそうなのか?など、疑問は尽きない。

さらに静脈拡張術において重要な点は、extracranial venous strictureの機序を他の疾患、例えばMay-Thurner syndromeなどと同じと考えてよいのか? ということである。これは拡張術によるvenous ruptureの報告とstent migrationで患者が死亡した例があるためで、MS患者特有の病理学的な静脈狭窄、すなわち免疫反応を含む動的な過程である可能性はないのか? もしそうであれば、拡張の際のバルーンのサイズや圧の検討や、本当にステントを入れて安全なのかという医学的議論がなされなければならない。

何しろ評価の基準が患者のもやもやした自覚症状のみなのだから、このIVR手技が本当に有効なのかどうかを結論付けるのは相当に難儀しそうだ。前述のDr. Bonnは昨年2010年9月のSIR勧告後にはもうこの後手技を行っていないが、この件について話をきいてみたら即座に以下のように説明してくれた。「静脈拡張術の有効性を証明するためには、Randomized Control Trial (RCT)で全ての手術操作を同じにして静脈拡張だけを行わないsham operationの群が必要だ。もちろん患者は知らされていない。そして術前・術後の患者の自覚症状を評価するneurologistにもblindをかける必要がある。つまり治療を行わなかった群、sham operationの群、静脈拡張術を行った群で治療の有無と内容を知らされずに症状を評価するということだ。ちなみに、IVRの立場から言うと、手技自体は決して難しいものではないよ」。私も全くDr. Bonnと同意見であり、現時点でこの手技が行われているポーランドやインドではMR venogaphyによる評価も始められており、きちんと上記のコンセプトに基づいたblind testによるRCTが一日も早く行われることを望んでいる。

私個人の意見とお断りしておくが、私にはザンボーニがダテや酔狂や、ましてや功名心でこの手技を世に持ち出したとは到底思えないのだ。彼は奥さんのほかに自分のお子さんもMSだという噂を聞いたが、自分以外の家族がただ死を待つだけの不治の病に侵されている絶望感から一歩前に出て、奥さんに何かしてあげたい一心でこの治療を行ったのではないかと思われるほどの悲壮感と、静かだが強い熱意を感じた。実はMSにCCSVIが合併することは数十年も前に指摘されていた医学的事実である。Dakeにしてもそうで、彼は嘘を言ったり、何か勘違いしたり間違えたり、ましてや「なんだかガイコクでやってるらしいから、うちでもやってみるか」というようなうすら莫迦ではもちろんない。すでに地位も名誉も確立している彼が目立とうとして怪しげなことに手を出す理由は全くない。Dr. Bonnの実際の経験例もあり、私は“これはどうやら効くときには鋭い切れ味で効くんじゃないか”と感じている。もちろん私の“カン”も間違っているかもしれない。Dake自身「MSのすべてではなく一部の症状はCCSVIと密接に関連しており、IVR手技によってこれらが改善している可能性がある」と実に妥当なことを述べているが、その機序は繰り返し述べているように全くの謎である。だからこそRCTによる評価で、本物なら本物ときちんと証明してほしいと切に願っている。

最後に、小耳にはさんだ話だが、我が日本でCCSVIを持つMS患者さんに静脈拡張術が近々行われるかもしれないという噂をごく最近聞いて、少なからず驚いている。確かに径16mmのバルーンをinflateする能力さえあれば誰でもこの手技は可能だが、もし噂が本当なら、昨年9月公式に発表されたSIRの立場やごく最近のCIRA/CSVSのポジションをご存知なのか? やるのなら昨年夏までが限度ではないのか? 何故、世界から遠く遅れて今頃やるのか? 日本では仲間内で空気を読んだり、紙背を読んだりが尊ばれるが、ガイコクの出来事は空気も読めないのか? その上、ナイーブと言われて喜んだりcowboyと言われてカッコよいと思ったとしたら(最大限に侮辱されていると考えて間違いない)、世界と相当のズレがあると思ってよいであろう。いま強硬突破すれば、私には日本のマスコミが「さんざんおだてあげた挙句に インチキだと言って突き落とす」お得意のバックドロップワザを発揮して、心臓移植の二の舞になるような気がするが、取り越し苦労であってくれればいい。ともあれ、もしも将来RCTで良い結果がでて世界の標準治療となったときに、日本でだけ実施できないというような事態だけは避けてもらいたいと思っている(2011.1.25記)。

フロリダの冬の嵐。初日はまるで台風のようだった。