第18回“医療放射線の安全利用研究会”フォーラムに出席して
〜今、話題の日本のX線診断の被ばくを検討する!〜
| 主催: |
医療放射線防護連絡協議会
2004.3.12 東京都江戸川区総合区民ホール |
| テーマ2: |
なぜ日本のX線診断の被ばくが高い
―安心できるX線診断を求めて― |
Lancetに日本のがん発生のうち3.2%が診断用放射線によるものであり、他の13カ国と比べて多いという論文が発表された。この論文はメディアにとりあげられ大きな話題を呼ぶとともに、放射線科での日常診療においても患者さんからの問い合わせも多くなった。
このフォーラムではこの論文についての検証を行うとともに、日本の放射線診断、特にCTにおける被曝の現状を検討する目的で開催された。
フォーラムの内容を報告する前に、このLancet論文(A.B.de Gonzalez et.al. Risk
of cancer from diagnostic X-rays, estimates for the
UK and 14 other countries. Lancet 363:345-351,2004)で問題になっている部分の要点を記す。
研究では各国の診断用X線検査の頻度と種別毎の臓器被曝線量データーから発癌リスクを求め、発癌数を推定した。診断用低線量被曝による発癌リスクには、広島・長崎原爆の調査から算定した高線量でのリスク係数をそのまま低線量まで延長した"直線しきい値なし仮説、Linear-nonthreshold仮説(LNT仮説)を用いた。(このLNT仮説がこの論文問題のKey
wordでこの日のフォーラムでも、多くの時間を割いて論じられた)。この方法により診断用放射線被曝による日本の年間の癌発生件数は7.587件と推定された。これが、本邦の全癌発生数237.000件に対する割合が3.2%であり、他の13ヶ国の0.6-1.8%と比べ、突出して高いとされたものである。読売新聞などのメディアで"日本の癌の3.2%はX線被曝によるもの"と報道したため大きな問題となり、本会のテーマとして取り上げられた。
本フォーラムではLancet論文と日本の診断用X線被曝の問題点について8人の演者と特別発言者によって論じられたが、ここでは、臨床医として放射線科医・放射線技師の立場にたった講演をされた藤田保健衛生大学の片田和廣先生の講演を中心に報告する。
■CT検査の現状と問題点 臨床医の立場から
藤田保健衛生大学・片田和廣先生
今回の問題はかえっていままで放射線検査をめぐって発生している問題点を明らかにするチャンスである。
CTは多方向(900-1800方向)から撮影するためにX線写真に比べて原理的に被曝量が多い。被曝を減少するには、努力の継続が必要である。
技術開発の努力:ステルス塗料によるノイズの減少やセパレーターの開発によるX線利用効率の向上がなされてきているが、未成熟で、今後も開発の努力が必要である。
放射線撮影技術による努力:CTは過剰照射で画質が改善される。医師からの苦情を恐れて技師が過剰照射をしてしまう可能性があり、モラルの教育が必要である。
CTにより、多くの他のX線検査の代替することができ、結果として、患者さんの被曝を減少している効果は少なくない。(MD-CTによる全身CT画像を提示して、他の多くの検査を代替していることを解説された。)
CTを超音波やMRIと代替することに関しては、超音波には術者の経験が必要であること、MRIは高価で効率も悪い。特にMRIは被曝はないが、事故が少なくなく、安全な検査と必ずしもいえない。CTは処理能力と安全性に優れた、効率的な検査である。
無駄なCTが多いという議論する前に、CTの高い診断能を考える必要がある。もともと身体の中を診断することは難しいことで、無症候の腫瘍などを診断できるCTの診断能は高い。検査後に所見がなかったら無駄な検査ということは易しいが、事前にその検査が無駄ということは難しい。
日本の国民の医療機関受診回数は欧米に比べ多く、医療現場は多忙である。検査の適応除外をするためには慎重な診察が必要であるが、医師の多忙さはそれを許さず、とりあえずCTを行うという傾向にある。
最近の日本の傾向は結果として患者に不利益であれば、医師の責任を問われる。そのために防衛的にCTを行わざるを得ない。CTの適応を厳格にした場合、社会がそのリスクを受け入れるかどうかは疑問である。米国のようなガイドラインを確立する必要がある。
放射線科医は検査について的確な適応判断が可能であるが、日本の放射線科医は米国などに比べて圧倒的に少なく、十分な対応ができない。
日本では患者の診療に対する要求に応えるために、中小病院もCTを装備せざるを得ず、安価な装置が購入される。日本のCTの検査料は欧米に比較して安く、装置代はあまりかわらないので、適応を広くしてでも減価償却のために検査をせざるを得ない。
本邦でCTの検査数の多いのは、医療システム、社会システムの問題が大きく、現場の対応だけでCT検査を少なくすることには困難を感じる。
なお、片田先生が"防衛的なCTの施行"について解説された時に、杏林大学での割り箸刺入事故でCT検査の未実施について過失とされたことを例に挙げられた。このことについて、討論の時間に慶応大学の近藤誠先生が"事実とことなる"とのコメントをされた。しかし、問題は本件についての真偽ではなく、最近の医療現場では本件が"念のためのCT検査"の根拠とされている事実である。片田先生の引用には全く問題なく、近藤先生のコメントはCT検査の被曝低減を論じる本会の目的とは著しく逸脱したコメントであり、貴重な討論時間を無駄にしたことは残念であった。
■その他の講演・発言
東京医科歯科大学名誉教授佐々木武仁先生は、最近報告されたアメリカ科学アカデミー誌を引用し、CT検査最適化と被曝低減を論ずるには、直線しきい値なしモデル(LNT仮説)によって推測された発癌リスクを用いることは実際的であると解説され、ガイドライン整備の必要性を述べられた。
電中研低線量放射線研究センターの酒井一夫先生から、LNT仮説があくまでも仮説であり、発ガンに至るには多くのステップがあり、低線量被曝による遺伝子の障害は生体防御機構により修復され妥当ではないことが解説された。
今回、メディアでの話題の火付け役となった読売新聞社から医療情報部の中島久美子氏が講演された。読者から多くの反応があり新聞社にも寄せられたが、その中に医師からの反応も多く、"患者から相談されるが、どう答えていいかわからない"、"短い時間では説明できない"などとの声があることも紹介され、専門医以外への啓発が必要であると話された。
日本医学放射線学会代表の古賀佑彦先生、放射線技術学会代表の粟井一夫先生はそれぞれの団体の対応を紹介され、すでにHome
Pageでコメントを公開していると紹介された。特に、粟井先生は、放射線技師として、X線照射量を必ず記載・保存しておくことの重要性を、現場で放射線を扱う医師・技師に訴えられたことは印象的であった。
最後にアイソトープ協会・長崎大学名誉教授長瀧重信先生が、すでにLancetに日本からのcorrespondenceを投稿したことを報告された。その内容は、同論文が放射線から患者さんが享受する恩恵について全く触れていないことを指摘し、日本では多くのがんがX線によって発見・適切に治療されており、世界一の長寿命をもたらす要因となっているとのことを強調しているとのことであった。
■参加後記
読売新聞の記事以来、放射線科医の私にも他科医や医療職、患者さんからの問い合わせが多くあった。私はその都度、相手の程度にあわせてではあるが、基本的にはLNT仮説が根拠のないものであること、発癌率が多いとしても、日本人は平均寿命世界一を享受していることを説明してきた。
しかし、今回のフォーラムを聴いて少し考えをあらためる必要もでてきた。佐々木先生によると、LNT仮説は腫瘍生物学者のあいだでは国際的に標準的な仮説で、これに反論する有効な説もないということである。今回のフォーラムで低線量被曝の無害性を解説する講演もあり、それなりに印象的であったが、その背景として、原子力発電に大きく依存している我が国の事情を無視することはできないような印象を受けた。低線量被曝に関しては、なにより私たちが放射線科医・放射線技師になった時から、被曝を減少するように教育され、ほとんど本能に近くなってしまっている感覚のほうが正しいような気がする。それを根拠に、私たちはより被曝の少ない装置・方法を開発し、自らも"時間・距離・遮蔽の三原則"を題目のように唱え、プロテクターを着用してきた。佐々木先生のおっしゃるように、低線量被曝でも発癌の危険性があることを理解した上で、被曝減少の努力しながら、より高度な医療を供給できるよう仕事をするべきであろう。
その上で、片田先生の述べられたように、一連の議論を"問題点を明らかにし、改革するチャンス"であるととらえて、一人一人の放射線科医・放射線技師が、自らのできる範囲で"医療・社会システムの改革"にとりくむべきであろうと考える。
■参考Web Page
医療放射線防護連絡協議会:本会のHP
放射線と健康を考える会:低線量被曝の解説
(有)イリモトメディカルイメージング 煎本正博