NEWS 2007.10.04


米国東部IVR便り2007

米国介入放射線科医  西岡健太朗


 空前のRadiology人気である。もちろん米国での話だ。私がInterventional Radiology(IVR)のフェローをしていた米国東部のある大学医学部では、一学年250名のうち実に約70名がRadiology residency志望であった(2007年、最終学年学生の談話)。ResidencyとしてのRadiologyは今や高嶺の花である。この傾向はここ数年来米国中に見られるようだ。Radiologyのresidencyに入るためには、米国医学部卒業生ですらUSMLE(United States Medical Licensing Examination:米国医師資格試験)での高得点や実習での高評価が必須であり、90年代後半までのように外国からの医師がERAS(Electronic Residency Application Service)を通して正規に入ることは今や至難の業である、と言える。 というような内容の話を、2006年のRSNAでのある個人的な会でたまたま隣席した方に話していると、同じテーブルで一見して日本から来たと分かる品のよさそうな初老の細身の紳士が、この数字に多少の衝撃を受けたようで、「そりゃすごいなあ」「羨ましいなあ」としきりに感心していらした。しかしそのうち「うーん」と言って腕組みをして椅子の背にもたれ天を仰いでこうつぶやいた。「うちの医局にはどうして若い人が来てくれないのかなあ」。
 「医局に将来性があるか、中堅どころが活き活きと輝いているか、トップに医師としてまたは人間としての魅力があるか、そのいずれかが存在すれば、若い人は黙っていてもついてきますよ、おじさん」などと生意気なことを言おうとして思いとどまった。思いとどまったのは、この方が日医放の重鎮である教授だと後に知ったからではなくて、この「羨ましいなあ」という言葉の中に単なる社交辞令ではない、悲嘆と苦悩に似た切実なる叫びが含まれているように思えたからであった。日本の放射線科と米国のRadiologyとでは取り巻く事情は随分と異なるようだ。

 Radiologyのresidency 人気同様、IVR fellowshipの人気も高い。話をIVRに絞ろう。前述のとおり私は2007年までの2年間、米国でIVRのフェローとして働き多くのことを学んだ。数において、また症例の内訳において、その興味深い内容に関して、いずれ機会があれば皆さんとシェアしたいと思う。ここでは、米国では比較的シンプルなシステムの中で、ひとつの分野において短期間に集中して効率よく研修することが可能であるとだけ述べておこう。ここ数年来Surgeryの人気は下降線の一途をたどり(Orthopedic Surgeryを除く)それに替わるようにIVRの人気が高まっている。そこで外科や内科からもIVRに鞍替えできるように、American Board of RadiologyはDIRECT pathwayという、本質的にはsalvage pathwayをさっさと作ってしまった。IVR自体、需要が急速に高まっているため、相対的なIVRist不足を見越しての対応とはいうものの、その機動力・行動力には目を見張るものがある。

 ところでIVRは実際どのように見られているのか。実際に私の周囲では以下のようなことが本当に起こった。
 その1:同じ病院の外科のチーフレジデントがIVRに短期研修に来た。そのときに彼に「IVRは将来、外科治療に取って代わるものだ。腹腔鏡を使ってチマチマやったって面白くないだろう。IVRのほうがよほどダイナミックだ。それに患者のQOLも、医者のQOLも優れているぞ」などとまくし立てたら、本当に今年からDIRECT pathwayに転向してきたので驚いた。
 その2:隣の州の大学関連病院で外科のattendingを20年以上も続けていらっしゃるある日本人の先生に「IVRをやっています」と言うと、「それはいいなあ、君。IVRは今、花形じゃないか。従来の外科は縮小傾向一方だよ」と率直におっしゃった言葉が印象的であった。同席していた、日本から来てまだ日の浅い、あまり気の回らない若い整形外科医は意味が分からず口をポカンと開けていた。

 さてここで何故、どのような事情で、この人気のあるIVR fellowshipに日本の医局からの後押しもない私が入れたのか、少し説明しておくことも何かの参考になるかも知れない。Radiologyのresidency が、おそらく様々な社会情勢などと関連して医学生の価値観に変化を与え、人気を集めだしたのが数年前であることは既に述べた。希望者が増えるとどうなるか。競争に勝った者だけが希望をかなえられることになる。米国では何事も競争である。実は最初に挙げた250名中の70名も皆が皆Radiologyへ進めたわけではないことを付け加えておこう。日本のように眼科をしたければ「私、明日から眼科医になります」と何の審査もなしに開業できてしまうような呑気な制度はない。この場合の競争は試験の点数、内申書などの優秀な者が勝つことになる。そして成績優秀なのは、洋の東西を問わず、ガリ勉君と真面目に勉強する女子学生と相場が決まっている。こうして優秀な学生がRadiologyのresidencyにどっと流れ込んできた。彼らはIVRなどという血なまぐさい野蛮なものは好まない。5年経ちfellowshipを選択する際に何が起こるか。少なくともIVRを選ぶ者などほとんどいない。こうして結果的に、2000年頃始まったRadiology 人気は5年後に一過性のIVR fellowの枯渇をもたらしたわけである。そして前述のDIRECT pathwayの効果が現れ始め、現在は再び数が増加しているためnadirが形成された。この状態を"Hiatus IR fellowus"と私は勝手に呼んでいる。少なくとも私の参加したプログラムでは実際にこのような現象が起こり、私がIVR fellowshipに入れたのはこのhiatusの存在が一因だったのである。

 個人的なことではあるが、私はいわゆる都会っ子ではない。山々があり、湖があり、川があり、夏は緑に囲まれ、冬は雪と共にあり、の田舎者である。大学時代も大自然の中でよく遊んだ。ところで川の流れをよく見てみると、上流から下流に流れるはずの水がところどころ渦巻いていたり、停留していたり、むしろ下流から上流に向かって流れている場所さえあることに気付く。川の水はすべて上流から下流へ向かうに決まっているとするのはむしろ観念的であって、下流から上流への流れが存在することが実相なのだ。全体としては大きな方向性があるとしても、そこには想像もつかない流れが存在している、だから人生は面白いと言いたいのだが、これも毎日自らに「忙しいから」と言い聞かせながら人生を送る人たちから見れば、単なるたわごとに聞こえるだろう。

 
車中で演歌を聴きながら見る夜景
 2007年3月シアトルで開催されたSociety of Interventional Radiology(SIR) の会場で、日本から来た大学医学部放射線科の助手(今は助教というらしいが)の方たちと会って話す機会があった。彼らは立派な中堅どころである。気のせいか、彼らは一様に少しうなだれ、いささか疲れて見えた。生来単純な性格の私は、Turf warはあるものの米国でのIVRの現状と将来に関してかなりポジティヴなことを彼らに述べたようだ。それは私自身IVR医として真に自信と誇りを持ち始めていたからでもある。しかし日本から来た彼らのほうが、ずうっと冷静で、現実的で、大人であった。彼らのひとりはこう言った。「確かに今後IVRの需要は増えると思いますが、それで日本のIVRが隆盛になるとか、IVR医の生活がよくなるとか、僕にはとても思えません」。その眼は私が昨年RSNAで見たあの初老の紳士の眼と同じであった。私はそれ以上彼らに何を言ってよいのか分からなかった。少しだけ肩をすぼめ「そういうもんでしょうかねえ」と言って、シアトルの霧雨を見つめながら彼らと飲んだ上等なワインの味は、少しだけほろ苦かった。

 

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